【実話】15万石で“借金16万両”を返す道を作った藩主【上杉鷹山】
年収15万石の藩に、借金16万両。
ほぼ「詰み」の状態から、立て直しに挑んだ殿さまがいます。
上杉鷹山(うえすぎ ようざん/治憲)。
江戸時代中期、米沢藩9代藩主として
破綻寸前だった米沢藩を再建した人物です。
就任時の米沢藩は、
・石高15万石で借金16万両(今のお金で百数十億円規模)
・飢饉と重税で、百姓が他国へ逃げ出す
という崩壊寸前の状態でした。
鷹山がまず手をつけたのは、支出の削減。
自分の生活費を前藩主の7分の1まで落とし、
一汁一菜の質素な暮らしを徹底。
そのうえで家臣や役所にも倹約を命じ、
「まず自分がやる」率先垂範で支出の半減を目指しました。
そして、削ったお金と借り入れを元手に、
・養蚕や織物(米沢織)
・成島焼などの陶器
・紙、塩、お茶、刃物、薬種
といった新しい産業に投資していきます。
もともと米沢では、青苧(あおそ)という繊維を
原料のまま他地域に売っていましたが、
鷹山は「原料売り」から「製品までつくる」方向へ転換。
武士の婦女子に機織りを学ばせて、
米沢織という地場産業を育てていきました。
さらに、農村復興と人口増加のために
・低利の営農資金の貸し出し
・荒地の開墾
・移住者の受け入れ
・育児手当
・備蓄用の籾蔵の整備
・コイやウコギ栽培による食料自給
など、今でいう「地域づくり」そのもののような政策を
生涯にわたって続けます。
その結果、米沢藩は50年以上かけて約30万両の借金を完済し、
幕末まで生き残ることができたと言われています。
後年には、アメリカのジョン・F・ケネディ大統領が
「尊敬する政治家の一人として上杉鷹山の名を挙げた」
とも語られるようになりました。
(発言の真偽には諸説ありますが、鷹山のリーダー像が
現代にそれだけ響いた、という象徴的なエピソードです)
口先だけで「為せば成る」と言ったのではなく、
自分の生活を7分の1まで削ってでも、藩と民を守り抜こうとした殿さま。
若いエリートでも、カリスマ創業者でもない。
「詰みかけた現場」を背負って、
数字と泥仕事で立て直した、大人のリーダー。
仕事も家計もキツいな…と思った夜に、
少しだけ思い出したくなる“人間くさい偉人”が、
上杉鷹山です。
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【人間くさい偉人】をテーマに、
・数字だけ見ると“割に合わない”決断をした人
・命・信念・自己犠牲で、一度だけ世界の天秤を押した人
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